意外と知られていない外国の位置



アフガンの難民がドイツで受け入れられることになり、移住を希望する当の難民が、ドイツとは一体どこにあるのか知らない人が多いことが判ったと新聞報道にあった。オリンピックの入場行進で国旗を見て、その国がどこにあるのか改めて世界地図を見直す人もいたに違いない。国名は知っていても、その国が地球上のどこに位置しているのか難民でなくとも知らないことが多い。


私がペルーのリマに駐在していた時、仕事の関係で市内にある国立サンマルコス大学に行く機会があった。この大学はスペインがインカ帝国を滅ぼして侵略した数十年後に設立されたアメリカ大陸で一番古い大学として有名である。仕事を終えて退出する時、キャンパスにたむろしている学生達に私のスペイン語の訓練のため話しかけ、日本がどこにあるか紙に地図を書いて見て欲しいともちかけた。国連事務総長やノーベル文学賞受賞者を輩出した優秀な大学の6~7人のグループだったが、正解に近い答えを出したのは1人だけ。フィリピンとアベコベに理解していたのが2人で、他は全く知らなかった。


自分が住んでいる場所から遠いところにある国は、その国の名や歴史上の出来事などは知識として知っていても、実際にはどこに位置するかは知らないことが多い。別に世界の国々だけではない。私が京都から東京に転勤した時、東京採用の社員が近畿の府県が互いにどのように隣り合っているのか、三重と岐阜、奈良、福井がどこあるか知らないので驚いたことがある。しかし、これは東京人だけの無知ではない。関西の人間でも、茨城・群馬・栃木・埼玉がどう隣り合っているのか、その場所に住んだことがある人でなければ判らない。


航空機や鉄道網が発達し、その場所に旅行した人でも、地理的にどう位置した場所なのか、関心があって予め調べた人、事後に確認した人以外は全く頭に残っていないのが普通である。かく言う私も長い間、岩手と秋田の位置を逆に覚えていた。北海道に旅行した時に通過しただけでは知識として頭に残らないものである。自分の家の前の道にマンホールがどこにあるか判らないのと同様である。


その意味で世界地図・日本地図は長い間保有していても使い勝手がある。ただ、世界の国によっては呼称の変更などが頻繁に起こるのが困ったものである。